方言の分布に関すること
方言区画(いくつの方言がある?)
松本清張の小説に「砂の器」というのがあります。最近テレビドラマにもなりました。
その中で、事件の重要な鍵を握る人物が「ズーズー弁」を使っていたというので、東北地方出身者だと思われるのですが、実は島根県の出雲の出身だったというトリック(?)があります。
そう、出雲は東北方言に似た発音をする地方です。個人的には味があって好きなのですが...話は元に戻って、こういう話を聞くと、例えば中国地方でも出雲は特に変わっているということで、出雲と他の中国地方の地域が分断されます。
こう考えていくと、あるレベルのところで日本全体の方言をいくつかにまとまることができます。これを方言区画といいます。
でも、これが案外難しい。
例えばAとBという明らかに違う方言があったとき、確かにこの二つは違うのですがその境界線をさがすと、境界のあたりはAとBの両方が合わさったような形になっていたり、人によって違うということがあったりで、市町村の境界のようにくっきり線引きできるものではないのです。 というわけで、なかなか難しい。
いろいろな区画案がありますが、一例として、東条操の区画案(1953年)を挙げてみます。
-----東部方言---------------
・北海道方言
・東北方言(新潟県北部を含む)
・関東方言
・東海東山方言(新潟県・長野・岐阜・山梨・静岡・愛知)
・八丈島方言
-----西部方言---------------
・北陸方言(富山・石川・福井県北部)
・近畿方言(福井県南部を含む)
・中国方言(出雲・伯耆以外の中国5県および、兵庫・京都の日本海沿岸)
・雲伯方言(出雲、伯耆)
・四国方言
-----九州方言---------------
・肥筑方言(長崎・佐賀・福岡・熊本)
・豊日方言(大分、宮崎、福岡県行橋以南)
・薩隅方言(鹿児島および宮崎県都城周辺)
-----琉球方言---------------
・奄美方言
・沖縄方言
・先島方言
これらは、主に文法や音声上の特徴をもとに区分されています。
ここで1つのグループになっているからといって、その地域内部のことばが全て同じというわけではありません。
こまかく見てゆけば、同じグループ内部でも一つ一つの集落毎に微妙に異なりがあるものです。
とすると、方言にいくつの種類があるか、というのは難しい問題ということがおわかりいただけるでしょう。
細かい点までみてゆけば数は無限にあるということになりますし、まとめれば、先に示したような区画の数だけあるということになるのです。
もう一つ、有名なのが方言の東西対立。東日本方言と西日本方言に大きく分けるものです。「ワイシャツ」(東)か「カッターシャツ」(西)、「いる」(東)か「おる」(西)、などの対立が有名です。 食文化でも、日清食品の「どん兵衛」の味が変わるとか、餅の形が□と○とか・・・有名な話のひとつです。
方言分布のパターン(全国版)
ここでは、代表的な日本の方言の分布パターンを概説したいと思います。世界思想社『新・方言学を学ぶ人のために』の都染先生の記述を参考にしてみますと...
東西対立
東と西が対立しているものです。境界線がどこにあるのか、というのははっきりと「ここ!」と言えませんが、中部地方とだけ言っておきます。 (日本海側は糸魚川あたりなのですが、太平洋側が静岡から三重県まで広い境界を示します)
このような対立を見せるのは、例えば「居る」などで、東では概ね「イル」、西では「オル」が多く分布します。東と西がくっきりと分かれます。
方言周圏分布
昔文化の中心であった京阪神を中心に、同心円状に語形が広がっている分布。柳田国男は『蝸牛考』の中で、カタツムリの方言分布に、「古語は周辺に残る」という考え方を示しました。これが、周圏分布といわれるものです。
交互分布(一部、三辺境分布)
東西対立をA-B分布とすれば、周圏分布はA-B-A分布、ここでの交互分布はA-B-A-Bという分布を示すものです。例えば「ふすま」がそれにあたります。このような分布が生まれた背景ははっきりとわかりません。
複雑分布型
有名なのは「メダカ」で、全国で4600ほどの俚諺が採集されています。他には「お手玉」「おたまじゃくし」などで、例えば学校の学区ごとに呼び名が違っていることもあります。
岩城の調査の経験からも、このような複雑な分布を見せる語は、子供の遊びに関わるものが多いようです。
全国共通分布
先ほどの複雑分布の逆で、全国どこに行っても同じものが使われているといったような語があります。「雨」などは、沖縄が「アミ」となる他は、ほとんどが「アメ」になっています。もっとも、沖縄の「アミ」も、「アメ」から変化したものでしょうから、日本全国どこへいっても雨は雨。
都が移動すると・・・(三辺境分布)
日本列島は南北に長いため、文化の中心(昔は京都)から伝わっていった語が東北と九州南部に残ることが多いようです。
一方で、ことはそんなに単純ではありません。 なぜなら、日本の文化の中心は、歴史上常に同じ位置にあったわけではなく、近畿から東京へ移っているのです。
そこで、この二地点を中心として、その中間の地域、中部地方がエアポケットのように古い語を残す、ということが起こるのです。 東北や九州と中部、ここに古いことばが残る分布を「三辺境分布」と呼ぶ人もあります。(小学館「方言の読本」)
ここからわかるように、言語は文化の中心地から流れ出してゆくものという一面があります。都の場所が移動したことで、分布が複雑になることもあるのですね。
言語の島(言語島)
人の移住で言葉が部分的に変わることがあります。
広島県と島根県の県境に三井野原という場所があります。ここは開拓地で、香川(讃岐)の人が移住してきて新しくできた集落です。この場合、周囲の集落と違うことばを聞くことができます。しだいに交流がさかんになるにつれて同化するのですが、讃岐の特徴を持っている要素もあります。
さて、海外の場合ですが、フランスとスペインの国境付近にバスク語という言語があります。これもまた、フランス語などとは系統の違う言語で、ポツンとそこに存在しています。 同系の言語領域の中に、異系統の言語が存在する場合、そこを言語島と言っています。もちろん、狭い範囲に分布していることが条件です。
日本語方言では、例えば山梨県の奈良田、静岡県の井川、富山県の五箇山などです。また、奈良県天川村洞川(どろかわ)も有名です。
どうしてこのような言語島ができるのか、それぞれの地点でケース・バイ・ケースの面もありますが、落人伝説のある場所も多いようです。ただ、このような場所は、多くが山の奥深いところで人の移動が少なかったり、川の源流(谷の奥)であったりします。他の土地からの人の移動が少ないこと、交通の終着地であった、ということがキーワードになりそうです。